津久野キリスト恵み教会

聖書の学び

  • 神様のご性質
    神様は全知全能の唯一の神であられ、また永遠に存在されます。神様は愛なる御方であり、恵み深い御方であられます。しかし同時に、罪を憎まれる聖なる御方であられます。
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  • 三位一体
    この世界を造られた神様は、唯一の神であられます。しかし、同時にそれぞれ別個の人格を持っておられる父なる神様・御子なる神様(イエス様)・聖霊なる神様がいらっしゃいます。それぞれ別個の人格的御存在であられながら、その能力・御性質・御目的において完全に一致しておられる唯一の神であられるのです。
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  • 立場と状態
    聖書の中には、クリスチャンの「立場」に関する真理と、「状態」に関する真理が書かれてあります。立場とは、イエス様を信じた人が神様の御前でどのような者とされたのかということです。立場は信じた後の歩みとは関係なしに、イエス様を信じた全ての人に恵みによって与えられており、変わることがありません。一方で、状態とは、その人がどれだけその立場にふさわしく実際に歩んでいるかということです。
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  • 義と認められる
    イエス・キリストを信じた者は誰でも、キリストの血による贖いを土台として、神様の御前で義と認められています。つまり、神様が義なる御方であられるのと同じように全く義なる者と認められているのです。それだけではなく、よみがえられて天におられるキリストと一体の者として完全に受け入れられています。これは、クリスチャンの立場に関する真理です。ですから、イエス様を信じた者が地獄でさばかれることは決してありません。
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  • クリスチャンの歩み(信仰による歩み・希望・成長)
    クリスチャンの歩みは、キリストにより頼む信仰による歩みです。また、クリスチャンの希望はこの地上にではなく天にあり、キリストが私たちを天に引き上げてくださる空中再臨がクリスチャンの待望していることです。そして、その空中再臨の時まで、私たちの内にある新しいいのちは、聖書のみことばによって成長させられ続けます。
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  • 放縦主義と禁欲主義
    イエス様を信じた後でも、天国に行くまでは私たちの内に罪があり、罪に支配された肉の性質があります。だから、どんなに不従順で罪深い歩みをしても仕方がないと考えるのが、放縦主義です。一方で、だから自分の力で頑張って正しく歩んでみせようと考えるのが律法主義です。ただし、誰も自分の力で歩むことはできません。そのどちらの考え方も間違いであり、神様の栄光を現しません。私たちは、キリストへの信仰によってのみ、神様の栄光のために歩むことができるのです。
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  • ディスペンセイション(教会とイスラエル)
    聖書を読むと、イスラエルに関する神様のご計画と、教会に関する神様のご計画があり、それらは全く別のものであると分かります。イスラエルの民は、地上を支配するようにと召された神様の選民です。彼らへの祝福は、後に実現される千年王国で彼らに与えられます。一方で教会はキリストの花嫁であり、キリストと天での祝福を分かち合い、愛し合うべきものとして召されたのです。ですから、その祝福は天にあるのであり、その希望はキリストがクリスチャンを天に引き上げてくださる空中再臨です。
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  • 終末論(再臨)
    これから後、まずキリストを真実に信じる全てのクリスチャンを天に引き上げるために、キリストが空中まで迎えに来て下さる空中再臨があります。空中再臨には何の前兆もなく、いつでもあり得ます。その後、少しの準備期間を置いて、七年間の患難時代があります。その七年間の最後に、キリストがオリーブ山の上に下りて来てくださる地上再臨があります。そしてその後、地上をキリストが支配される千年間のすばらしい国が実現されます。それが千年王国です。その千年間が終わると、この宇宙や地球は跡形もなく消し去られ、神様は新しい天と新しい地を創造されます。
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  • 悔い改め
    悔い改めとは、その人の心の根底にある神様に対する間違った考え方を捨て去り、心の向きを変えさせられることです。多くの人は金銭、快楽、名誉、その他様々なものを得ることを自分の生きる目標にしています。つまり、造り主であられる神様を無視し、それらの物を自分の神としているのです。それが神様に逆らう考え方であり、その行きつく先は地獄でのさばきであったことを認めてイエス様を信じなければ、人は救われません。
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  • 偶像について
    この世界には様々な偶像があります。木や石で造られた目に見える偶像はもちろんのこと、その人にとって神様の代わりになってしまうものは偶像です。クリスチャンであっても、この世のものに心を奪われて、神様よりもそれらを愛するなら、それは偶像礼拝です。
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  • 礼拝について
    礼拝とは、神様のすばらしさを知った者が心から神様に近づき、感謝と賛美をおささげすることです。イエス様が十字架で死なれ、よみがえられた日曜日の朝を記念する日曜礼拝は何より大切です。また神様は、私たちがいつも神様を愛し、恐れ敬う礼拝者として歩むことを望んでおられます。

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