メッセージ集

  • 人間は神様のご存在を知っている

    今まで、多くの人たちが聖書をさまざまな外国語に翻訳しようとしてきました。ある言語を別の国の言葉に訳すということは大変な働きです。時には、ちょうど一致する表現がその国の言葉には見当たらず、苦労することもあるそうです。しかし、どんな民族の言語にも決まって存在する言葉があります。それが、「神」という言葉です。

    聖書を知らない民族であっても、人間の上に立たれる偉大なご存在についての認識があるのです。

    また、ある宣教師は、異国の地に行って聖書の福音(よき知らせ)を伝えました。彼はその経験から、異教徒たちに聖書のメッセージを伝える時に、創造主であられる神のご存在については細かく説明する必要がないと後進の者たちに語りました。それは、彼らはすでに神様がおられることを知っていたからです。人間はこの宇宙や地球、また様々な生き物を見る時に、神様がおられることを知ることができるのです。聖書にこう書かれています。


    「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。」(ローマ人への手紙 1章20節)


    たとえば、蝶という虫ひとつを取って見ても、その体の仕組みのあまりのすばらしさに驚かされます。多くの人が知っているように、蝶は幼虫の間は芋虫の形をしていて、葉を食べます。ところが、しばらくすると器用に糸を操り、植物の枝などにぶらさがって身体を固定し、さなぎになります。さなぎの時には、その内部でほとんどの部分が一度ドロドロに溶けて、成虫の形になります。さなぎの皮の中で、羽が折りたたまれた形で完成するのです。そして、時が来ると皮を破って、美しい蝶として出てきます。

    このような仕組みは、どれだけ長い時間をかけようと、自然に出来上がるものではありません。自分の体を段階に応じて変化させることなど、最初からプログラムされていなければ不可能です。設計者、すなわち創造主であられる神様がおられることは明らかです。


    ところが現代、多くの人たちの中で「神様について真剣に考える必要などない。」とか、「神様を信じることは愚かなことだ。」という考えが広がっているのはなぜでしょうか。それは、自分の好きなように生きたい人間にとって、神様のご存在を認めない考えは都合がよいからです。


    それについては、ウィリアム・ベーツソンという有名な進化論者の言葉を引用すると分かりやすいと思います。彼はこう言いました。「人々は自らの実際の姿を、すなわち人間は故意に棄てさえしなければ大きな享楽の能力を持っている長生きする動物として自らを知ることを始めた。今までは、罪についての迷信的、神話的考えがこれらの力を優位に支配してきた。・・・」要するに、「創造主であられる神様のご存在を認めるなら、神様の前に人間の責任を認めなければならず、罪のさばきがあることを恐れなければならない。そして、そのことが、人間が思うままに欲望を満たして生きることを制限してきた。しかし、神様のご存在を認めずに済むなら、恐れずに好きなように人生を楽しむことができる。」ということです。まさしく聖書が語っている通りです。


    「彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり・・・」(ローマ人への手紙 1章21、22節)


    しかし、人間が存在を否定したとしても、それで神様が消えてしまうわけではありません。そのような神様を無視する間違った考え方の行きつく先は、神様からの恐ろしいさばきです。どうか、みなさまは、人間をお造りになったまことの神様のご存在をはっきりと認める方でありますように。そして神様に立ち返り、罪のゆるしと永遠のいのちを受け取る方でありますようにお願いします。

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