ふくいん28号 -2006.9-
人間とは何か?

人間とは何か?
皆さんは「人間とは何か?」とお考えになったことはありますか。また、その答えをお持ちでしょうか。これは大変重要な疑問であり、しかし同時に、ほとんど答えられていない質問でもあると思います。私たち人間は、今や多くのことを知るようになり、今も驚くべきスピードで新しい情報や知識は増し加えられています。ですが、「人間とは何か」という基本的で重要なことを私たちは未だに知らないでいるのではないでしょうか。
昔、ギリシャ人はこのことを考え、一つの結論に行き着きました。それは「人間が何なのかを知るためには、まず、神様を知らなくてはならない。」という結論でした。これは、もっともなことです。私たちは、機械の取り扱い方に悩むと、メーカーに問い合わせます。なぜなら、機械のことは、それを作った人たちが一番良く知っているからです。同じように、人間とは何なのかということを知るためには、人間をお造り下さった真の神様に尋ねることが最善なのです。ですから、ギリシャ人たちは、たいへん良いことに気が付いたのです。では、彼らは神様を見出すことができたのでしょうか。いいえ、できませんでした。なぜなら、彼らは自分の知恵で神様を見出そうとしたからです。その結果は彼らの想像の産物にすぎない、ギリシャ神話の神々でした。彼らの失敗は、神様を自分の知恵で見出そうとしたことです。彼らはむしろ、神様ご自身がご自分を表してくださると信じるべきでした。神様が存在されるならば(事実ご存在されます)、ご自分を現してくださるはずです。では、この世界に、「これこそ神様がご自分を現してくださった啓示の手段だ。」と言えるものがあるのでしょうか。たった一つあります。それが聖書なのです。
「人」の解説書
皆さんは、『聖書』を読まれたことはあるでしょうか。聖書は人間の手による著作とは、全く違います。その成立、内容、結果、全てにおいて神的です。成立は、1600年にわたって40人ほどの身分・時代が全く違う様々な人々の手によって記されています。しかし内容は一貫しており、天地創造、人間の堕罪、神のさばきと御救い、特に救い主イエス・キリストについて記されています。結果は、聖書以外のどの本もなし得なかったほど大きな影響をこの世界に与えてきました。この聖書を通して、神様は私たちが知らなくてはならないことを全て、語っておられます。ですから、もし、あなたが「人間とは何なのかを知りたい」「神様が今、何を人間に語ろうとしておられるかを知りたい」と思われるならば、聖書の御言葉に耳を傾けなくてはなりません。
わたし(神様)の名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。
イザヤ書 第43章7節
神のために造られた
人間とは何なのでしょうか。聖書は何と言っているでしょうか。それは「神様によって、神様の栄光のために造られた、神様に愛された存在」であるということです。私たち人間は、神様のご栄光のために造られました。それは、神様から特別に愛されている者として、喜びと平安をもって生き、そのことによって「神様は何と素晴らしい方だろうか。また、その神様に愛されている私たちは何と幸いなことだろうか。」と神様を賛美し、感謝するためだったのです。
さて、しかし、現在の人間社会を見ると、人間本来の生き方から何とかけ離れてしまっていることでしょうか。戦争・犯罪・不道徳・いじめ・自己中心・さばき合いなど、人間の社会には悲しみや苦しみが満ち溢れています。これは、人間が神様を離れ、罪を楽しむようになったからなのです。
主は天から人の子らを見おろして、神を尋ね求める、悟りのある者がいるかどうかをご覧になった。彼らはみな、離れて行き、だれもかれも腐り果てている。善を行う者はいない。ひとりもいない。
詩篇14篇2節・3節
人は神から離れた
聖書を見れば、最初の人間であるアダムとエバが神様に罪を犯して、素晴らしい園を追い出されてしまうという記事が出てきます。その結果、アダムとエバの子孫である人間はみな、罪を犯すようになってしまいました。そして、次第に真の神様を忘れ、金儲け・快楽・欲望追求などにのみ心を向けるようになってしまったのです。そして、今のような悲惨な世の中になってしまったのです。では、神様は、神様を無視し罪の中を歩み続けている人間をいつまでも容認しておられるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。
人は神に裁かれる
あなたは、自分は神のさばきを免れるのだとでも思っているのですか。・・・神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。
ローマ人への手紙2章5節、6節
神様は、人間の罪に対して怒っておられます。そして、神様は最後まで悔い改めない人間を、その人間の死後に火の燃える地獄で罰せられます。私たちは神様のさばきを免れると思ってはならないのです。
では、神様はご自分の栄光を現すために愛の対象としてお造りになられた人間を全て滅ぼしてしまわれるのでしょうか。いいえ、神様は、私たちの罪に対して怒っておられますが、同時に私たちを心の底から愛しておられます。そして、私たちが悔い改めて、真の神様に立ち返ることを願っておられます。
悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。
イザヤ書55章7節
神の救い
さて、では、私たちはどのようにして救いを得ることができるのでしょうか。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネの福音書3章16節
神様は、私たちのためにご自分のひとり子をお与えになってくださいました。それが今から約2000年前にイスラエルの国に生まれてくださったイエス・キリスト様です。イエス様は、その生涯の最後に十字架にかかって死なれました。それは、私たちの犯した全ての罪を背負って死ぬためであったのです。本来私たちが受けるべき罪の裁きを、主イエス様は私たちの代わりに受けて下さいました。そして、死後三日目によみがえり、ご自身が、真の神であり救い主であることをお示しになって下さったのです。ですから、私たちが、イエス様を自分の救い主として信じ受け入れるならば、神様は私たちの罪を赦し、私たちをご自分の御国である天国に入れて下さるのです。
さて、神様はあなたが、このイエス様を信じて救われることを願っておられます。なぜなら、あなたは神様のご栄光を喜び歩むために造られた、神様に愛されている存在だからです。しかし、あなたには罪があり、このままでは神様からの裁きを受けなくてはなりません。神様は決してこのことを望んでおられません。ですから、どうか、あなたの罪を背負い、あなたのために死んでくださった神の御子イエス様を信じて、罪の赦しを受けてください。私たちも、あなたの救いを心からお祈りしています。


