ふくいん38号 -2009.11-

死への備え
ソロモンの知恵で有名なイスラエルの王ソロモンは聖書の中で次のように語りました。
「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。笑うときにも心は痛み、終わりには喜びが悲しみとなる。」
この言葉は真実です。
死の問題の解決なしに本当の幸せはありません。
みなさんはもうこの人生の大問題を解決なさいましたか?
今年世を去った著名人
1月28日 – 青山孝史、歌手(フォーリーブス)
5月2日 – 忌野清志郎、ロックミュージシャン
6月25日 – マイケル・ジャクソン、アメリカ合衆国の歌手
7月28日 – 川村カオリ、歌手
8月12日 – 山城新伍、俳優、タレント、司会者
8月18日 – 金大中、第15代韓国大統領
8月25日 – 細川隆一郎、政治評論家・元毎日新聞編集局顧問
8月25日 – エドワード・ケネディ 、アメリカ合衆国の政治家
10月17日 – 加藤和彦、ミュージシャン
10月21日 – 南田洋子、女優
10月29日 – 五代目三遊亭圓楽、日本の落語家
11月10日 – 森繁久彌、俳優、コメディアン
光陰矢のごとし
今年も、もうすぐ終わろうとしています。一年を振り返って見て、多くの方が感じることは、「今年もあっという間だった。早かった。」ということだと思います。時間というのは、どんどん過ぎて行きます。もし一年がそうならば、私たちの人生も同じではないでしょうか。
「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。」
詩篇 九十篇一〇節
この聖書のことばのように、私たちの人生も早く過ぎ去り、終わりを迎えた時には「あっという間だった。」と言うに違いありません。特に今年は、有名な歌手や俳優が相次いで亡くなりました。それは、若い頃にどんなに成功して、忙しい人生を送り、多くの財産を持ったとしても、人間は必ず衰えていき、地上での生涯を終える時が来ることを私たちに思い出させるものです。さて、みなさんは、死を迎えた時に、それでも希望を持つことができるでしょうか。また、人間は人生を終えたら、どこに行くのでしょうか。
神は創造主
それを知るためには、まず私たち人間を造ってくださった神様がおられることを認めなくてはなりません。神様はご自分がお造りになった様々なものを通して、そのご存在を明らかにしておられます。たとえば、人間の身体の仕組みを見てもそうです。人間の身体には心臓と血管があります。心臓は、毎日約十万回も脈を打ち、約八トンもの血液を体中に送ります。心臓は、そのような働きを休むことなく何十年も続けることができるのです。そして、その血液が通るための血管は、一人の人の体内の血管を全て合わせると約十万キロ(およそ地球二周半)もの長さになるのです。そうして体全体に、必要な酸素や栄養が運ばれるのです。驚くべき仕組みではないでしょうか。このようなすばらしい機能を持った心臓や血管は決して偶然ではできません。偉大な知恵を持っておられる、まことの神様がおられるのです。
では、その神様の目から見られた時に、人間はどのような者なのでしょうか。
人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。
マルコの福音書7章21~23節
全ての人は、罪人であると、聖書を通して神様は語っておられます。多くの人は、何事もない時には自分が罪を持っていることをあまり意識しないかもしれません。しかし、何か問題が起こった時、きっかけがあった時に、それが表に出てくるのです。ある場合には心の中で人を憎んだり、誰かに対して怒りを持ちます。また、口から他人の悪口や陰口が出てきます。また、自分の利益のために嘘をつくことがあります。
それは、ちょうど、泥水が入った器のようです。泥が底に沈んでいると、上の方の水は透き通って見えます。しかし、何かがその器にぶつかると、泥が巻き上がって、水が濁るのです。私たちは、多くの罪を犯している罪人であることを認めなければなりません。
神は聖なるお方
神様は罪を憎まれる、正しいお方です。ですから、罪には必ず、さばきを要求されます。罪人は誰でも、死後に罪のさばきを受けなければならないのです。そのさばきとは、火の燃えている地獄での永遠の苦しみです。人間の罪は、それほど神様を怒らせているのです。
ですから、人間は生まれて来て、あっという間の短い人生を駆け抜けて行き、最後には自分が犯した全ての罪の罰を、死後に受けなければならないのです。何と空しい、希望のない人生ではないでしょうか。
神は救い主
しかし神様は、さばかれるべき罪人である私たち人間を愛しておられます。ですから、人間が罪のさばきを受けて苦しむことを決して喜んではおられないのです。
罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
ローマ人への手紙6章23節
神様は、ご自分の愛するひとり子、イエス・キリストを、人として天からこの世に遣わしてくださいました。イエス様は人となられた神の御子であり、全く罪のない御方でした。それにも関わらず、イエス様は十字架にはりつけにされて死なれました。それは何と、私たちの身代わりに神様からのさばきを受けるためだったのです。神様は、私たちの上に注がれるべきだった罪のさばき、罪に対する怒りを、愛する御子イエス様の上にお下しになったのです。何と驚くべきことでしょうか。
神はいのちの君
イエス様は十字架で死なれた後、三日目によみがえられました。神様は、誰でもイエス様を救い主として受け入れる者に、罪のゆるしと永遠のいのちを恵みによってお与えくださいます。イエス様を信じて罪がゆるされた人は、たとえ地上での人生を終えても、神様の御国である天国で、永遠に生きることができるのです。天国は実在の、すばらしい場所です。
ですから、どうかあなたも、この神様の与えてくださる救いと希望を受け取ってください。あなたの罪のために十字架で死なれ、三日目に復活されたイエス様を、あなたの救い主として受け入れてください。


