ふくいん39号 -2010.4-

─あなたを生かす身代わりの死─

イエス・キリストの十字架

塩狩峠

 1909年2月28日、北海道和寒町の塩狩峠に差し掛かった旅客列車の客車最後尾の連結器が外れて、客車が暴走し始めるという事故がありました。当時鉄道院(国鉄の前身)職員であり、クリスチャンであった長野政雄氏は列車に身を投げ、下敷きとなって客車を止めました。

 長野氏が命を投げ出したことによって、多くの乗客の命が救われたのでした。この長野氏の行為に多くの人たちが感銘を受け、この事件をもとにした「塩狩峠」という小説も書かれていますので、ご存じの方も多いのではないかと思います。しかし、それよりもはるかに大きな身代わりの死があったことを皆さまは知っておられるでしょうか。それは、イエス・キリストの十字架上の御死です。

キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が、悪い人々の身代わりとなったのです。

ペテロ第一の手紙 3章18節

 キリストが十字架につけられて死なれたのは、私たちの罪のためであり、さばきを受けるべき私たち罪人の身代わりにさばかれてくださったのです。そこで、ぜひ聖書の語る福音を知ってください。

天地の創造主

 この宇宙や地球、また私たち人間を造ってくださった、まことの神様がご存在されます。私たちは肉眼で神様を見ることはできません。しかし、規則正しく動く天体、太陽や地球、毎年同じ季節に花を咲かせる色とりどりの美しい草花、またすばらしい仕組みを持った人間の体を見る時に、造り主であられる神様がご存在されることは明らかです。聖書に「私たちは、神の中に生き、動き、また存在している」と書かれてある通りに、私たちの周りには、神様によって造られたものが満ちているのです。

罪と罰

ところが、人間は一人の例外もなく、この神様の前で罪を犯しています。

すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず

ローマ人への手紙 3章23節

と、聖書は語っています。

 人は心の中で人を憎んだり、ねたんだりします。また、嘘をつくことがあり、人を傷つける言葉を口から出し、時には実際に暴力を振るいさえします。どんな努力家も、宗教家も、完全にきよく正しい神様の目から見ると、罪に汚れた者であるのです。それゆえ、全ての人は、死んだあとで神様から罪のさばきを受け、火の燃えている地獄に行かなくてはなりません。

人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている

ヘブル人への手紙 9章27節

と、神様は聖書を通して人間に警告していらっしゃいます。

神の愛

 しかし、神様はこのような罪人である私たち人間をも深く愛してくださいました。そして、私たちのために、救い主を遣わしてくださったのです。その救い主こそ、

 神の御子イエス・キリストです。この罪のない神のひとり子イエス様は、今から約2000年前に、人となって天からこの地上に来てくださり、十字架で死んでくださいました。それは、私たち罪人の身代わりとなって、私たちが受けるべき罪の罰を全て受けてくださるためだったのです。驚くべきことに、何の罪もない御方が、私たち罪人のために命を捨ててくださったのです。そしてイエス様は十字架で死なれた後、三日目によみがえられ、ご自分こそ神の御子であり、救い主であることを証明してくださいました。

信仰

 誰でもこのイエス様を、自分の罪のために死んでくださり、三日目によみがえってくださった救い主として信じ受け入れるならば、罪が赦されるのです。そして、神様のいらっしゃる天国へ迎え入れられます。

 しかし、もしもまだイエス様を信じていない方がおられるなら、その方は一日一日罪のさばきへ近づいて行く列車に乗っているのと同じなのです。

 ですから、どうかイエス様の身代わりの死を無駄にすることのないように、一日も早くイエス様を救い主として信じ受け入れ、天国に入る方となってください。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

ヨハネの福音書 3章16節