永遠

最後の敵
昔から、権力者の中には不老不死、永遠の命を求めた人たちがいました。よく知られているのは、不老不死の薬を求めて、しもべである徐福を日本にまで遣わしたとされる中国初代皇帝である秦の始皇帝です。また、有名なエジプトの王、ツタンカーメンの黄金のマスクも、金は腐敗しない金属であることから、永遠の命を象徴するものだと考えられています。
逆に言えば、あらゆる権力を持っていた彼らであっても、どうしても勝利することができなかった最大の敵が、”死”だったということです。そして、これは現代でも同じです。どれほど人生を楽しみ、成功している人であっても、あるいは悩み多き人生を送っている人であっても、最後には人間は死によって全てを置いて世を去っていきます。聖書は死について
最後の敵として滅ぼされるのは、死です。
コリント人への手紙第一15章26節
と語っていますが、まさにその通りです。
人は死んだらどうなるのか?
では、人間は死んだらどうなるのでしょうか。聖書は明確な答えを語っています。
そして、人間には一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている
ヘブル人への手紙9章27節
人は死んで終わりではありません。死んだ後で、その人は神の御前に立たせられ、生きている間に犯した全ての罪に関して、裁判を受けなければなりません。人間の中で、罪のない、完全に正しい人は誰もいません。
全ての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず
ローマ人への手紙3章23節
と聖書に書かれているように、人間は生きている間に嘘をつき、人と争い、心の中で醜いことを考え、多くの罪を犯します。そして何より、人間を生かしてくださっている、造り主である神様を無視し、木や石でできた偶像を拝んでいます。その罪は、死んだ後で火の燃える永遠の地獄においてさばかれなければなりません。罪が赦されないまま死んだ人にとって、死は終わりではなく、永遠の苦しみの始まりなのです。
神がくださる希望
しかし、ある面において、人間が死んで終わりではないということは、私たちに希望を与える事実でもあります。最初に触れたように、人間は誰も死に勝つことができず、死によって全てを失います。しかし、神は人間の罪を赦し、地獄ではなくて天国で喜びを持って生きることを望んでおられます。
では、どうすれば、私たちは罪を赦していただき、天国に迎えていただくことができるでしょうか。
どれほど人間が善行を積もうと努力しても、お金を寄付しても、それだけでは天国に入ることはできません。だからこそ神は、私たちの罪を赦すために、ご自分のひとり子、イエス・キリストを救い主としてお与えくださいました。人となられた神の御子、イエス・キリストは私たちの身代わりに十字架につけられ、本来私たちが受けるべき罪の刑罰を全て受け尽くして、死んでくださいました。それによって、罪の償いが完了したのです。そして、墓に葬られましたが、死後三日目の日曜日の朝にご復活なさり、ご自分が本当の救い主であり、神が人となられた御方であることを証明してくださいました。
神は誰でも、自分の罪を認めてイエス・キリストを信じる人に、キリストの十字架に基づいて罪の赦しを与え、天国で永遠に生きることができる者としてくださいます。
私は今まで、何人ものクリスチャンが病気や年齢の故に息を引き取る様子を見る機会がありました。しかし、クリスチャンの死には悲壮感はなく、これから天国に行く喜びと希望があります。ある人はむしろ、残される家族や知人のことを案じ、何とかその人たちもイエス・キリストを信じて地獄から救われるようにと最後まで願って天に召されていきました。

最後の敵である死に対して、神はイエス・キリストによって勝利を与えてくださいます。どうか、あなたも救い主イエス・キリストを信じて、罪の赦しと永遠の望みを持って、神と共に生きる方となってください。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
ヨハネの福音書3章16節
