津久野キリスト恵み教会

ふくいん33号 -2008.4-

神はいるのかいないのか

人々の中には天地万物を創造された神の御存在を信じない人々がかなり大勢います。また自分が無神論者であることを誇っているように見える人々もいます。しかし同時に、日本人は非常に宗教深い民族であり、多くの人々は人間が手で作った物を拝んでいます。そして、それで良いのではないか、特に天地創造主の神を信じなくても、と思っているように見えます。

そこで、皆様にぜひこの問題を真摯に考えていただきたいのです。天地を創造された神の存在を認め、神を信頼する人をAさんとし、そうでない人をBさんとして、AさんとBさんを比較してみましょう。


質問①
あなたはなぜ存在しているのでしょうか?生きている目的は何でしょうか?

Aさん

私は親が勝手に生んだのではない。神様が私を私の両親の子として、生まれさせてくださったのだ。だから私は親が金持ちだろうが、金持ちでなかろうが関係なしに親を尊ぶ。私の生きている目的は、私を造られた神をあがめ、神の愛を喜び、神を愛し、神に喜ばれることである。

Bさん

私はただ生まれたから生きているだけである。生きている限り、楽な生き方をしたいから働いている。できれば金持ちになりたい。人生の目的は特にない。ただ意欲的にならないと、生存競争に負けてしまうから、自分の力を発揮し、欲望を満たすために頑張っている。

質問②
あなたは人間をなんだと思っておられますか?そして、あなたの考えに従った生き方は何ですか?

Aさん

私は神によって造られました。ですから、人間は理性のない動物とは違います。神は人間を神ご自身の愛の対象とするために造られたのですが、私は神を愛し、神の栄光を現す生き方を求めています。

Bさん

私は進化論を信じている。私は下等動物から進化したものである。私も動物も同じように、偶然に発生したものである。だから、私は動物として、ただ自分の欲望を満足させるために生きている。

質問③
人間には強い欲望があります。あなたは欲望のままに歩むことが正しいと思いますか?それとも欲望を制して生きることが正しいと思いますか?

Aさん

社会には多くの犯罪があり、不和があり、憎しみ、恨み、争いがあります。それらが多くの家庭を破壊し、社会に不安を与え、戦争を引き起こし、多くの人が殺されています。それらは皆、人間が欲望のままに生きようとしているからです。また、酒、タバコなどで私の友人もからだを悪くし、癌になり死んだ者もあります。麻雀、ギャンブル、不倫、不道徳な生活で家庭が破壊された人々もあります。欲望のままに生きれば、人間は不幸になり、人生を破滅させることは明らかです。私は、神様を信じ、悔い改めました。いま私は神様と共に生きることができるようになり、毎日感謝しています。

Bさん

別に、欲望のままに生きることが悪いとは思わない。人より金持ちになり、大きな家に住み、贅沢に暮らすことは良いことだと思う。自分の欲を満足させて楽しければ、良いではないですか。それを制限しようとは思わない。神を信じて悔い改めるなど馬鹿馬鹿しいと思う。

質問④
人間の人生の最後には、最後に必ず死があります。あなたも死にます。死んだ先はどうなると思いますか?

Aさん

私はクリスチャンです。神の御子・イエス・キリストが罪人である私の身代わりになられて、十字架の上で死んでくださいました。そして、主イエス様は、死後三日目に復活され、天の御国に帰られました。ですからそのイエス様を自分の救い主として心の中に受け入れ、イエス様を信じている私は、全ての罪の赦しをいただいているので、肉体の死後、必ず神の御国で永遠に生きることができます。天国に入ることができる私は、尽きない希望を持って日々喜びをもって生きています。

Bさん

死んだ先のことは分からない。私にとって人生とは、肉体の生きている間だけのことである。だからなるべく長生きして、おもしろく楽しんで、死ぬときはあきらめるしか仕方がない。いつまで生きられるか分からないから、生きている間に、せいぜい人生を楽しもうと思っている。自分が死ぬことは分かっているが、死については考えないようにしている。



皆様は、Aさんですか、それともBさんですか? Bさんの考えは、天地万物を創造された神の御存在を無視し、否定することを前提としています。ですから、もし神様の御存在が真実であることが分かれば、Bさんの考えと、その考えに基づいた生き方は完全に根拠を失います。

それで、これらの質問に答えてください。

①秩序のあるもので、偶然にできたものが一つでもありますか?秩序のある物には必ず作り主がいます。

②植物、動物にすばらしい仕組み、組織、驚くべき秩序があります。これらは決して偶然にでき得ません。これらは造られたのです。あなたの体の仕組みを見てください。目、耳、口だけでなく、外形、骨格、内臓全てにすばらしい仕組みがあります。これらは決して偶然に発生したものではありません?これらは、これらを造られた造り主の御存在を私たちに明瞭に証しているのです。神の御存在を認めないことが間違いであることをお認めになりませんか?

③人間の中で、クリスチャン以外に、死を恐れない者はありません。なぜでしょうか?それは、全ての人が、自分のからだが死んでも、魂が存在していることを知っているからです。そう思いませんか?

人間の死後には、生きている間に犯した全ての罪に対する裁きがあります。神は私たち人類をこよなく愛しておられますが、同時に神は聖であられ、正しい御方です。ですから、罪を犯した者は必ず裁かれなければなりません。その裁きの場所が地獄なのです。罪を犯した私たちを憐れみ、私たちを救うために神は、ご自分の愛するひとり子でいますイエス・キリストをこの世界に遣わされ、十字架の上で私たちの罪を御子に背負わせ、私たちの身代わりとして罪の刑罰を受けさせてくださいました。そして、今、神様は、神の御子・イエス・キリストを自分の救い主として受け入れる者をすべて救ってくださいます。これが唯一の、また本当の救いであるのです。ぜひこの救いを受け入れてください。

"桜の季節も過ぎ、日差しが強くなってきました。"

寒い冬が過ぎ、桜の季節が終わるころになると、日差しも強くなり、お肌を気にする女性にとっては悩ましい季節がやってきました。

一昔前は日光を浴びることは健康のためによいということで、夏ともなれば外に出て体を焼きによく出かけたものでした。又、紫外線が皮膚に当たるとコレステロールからビタミンDが合成されるということで日光浴は体に良いというのが長年の常識でした。そのようなことから前は「母子健康手帳」に日光浴の必要性が記述されていました。ところがその記述も1988年に無くなってしまいました。それは紫外線に当たりすぎるとかえって人体に有害であることが分かってきたからでした。紫外線によって傷つけられたDNAを含んだ皮膚の細胞が中高年になってからがん化することがあると言うのです。

さて、日光は人類にとってなくてはならないものです。太陽が無ければ地球は凍り付いてしまい全ての生き物は死に絶えてしまいます。けれどもこの日光の中に紫外線や放射線が含まれているのです。放射線が人間に与える影響を表わす単位として、Sv(シーベルト)というものがあり、一生に浴びる放射線の量が4Svを超えると有害であるとされています。地上で受ける放射線の量は年間0.35mSvですがなんと月では年間100~500mSvもあるといわれています。ではどうしてこのような差があるのかというと地球の磁場や大気が太陽からの放射線を遮っているからなのです。オゾン層が有害な紫外線を吸収していることは周知の事実です。

では、どうして私たちの住む地球だけがこのように素晴らしく出来ているのでしょうか。それは天地の創造主なる神さまの知恵によるのです。神さまは皆様にこの世界の全てのものを通してご自身を現しておられるのです。

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